名前を、もう一度
~過去に残した想いを、そっと取り戻すために~
「この人を、探してほしいんです」
60代半ばの女性が、色褪せた卒業アルバムを差し出した。
開かれたページに指を置いたその先には、一人の男子生徒の顔写真があった。
笑っていないのに、不思議とあたたかい目をしていた。
「高校のとき、好きだった人なんです。
何もなかったけど、ずっと忘れられなくて」
結婚もした。子どもも育てた。
けれど夫は数年前に他界し、子どもも独立して出て行った。
「最近、自分の人生を振り返ることが多くて……。
最後に、一度だけ、会ってみたいんです。名前を、もう一度呼びたくて」
──その言葉に、私は動いた。
だが調査は難航した。
戸籍は移動し、消息は30年近く前から不明。
ようやく辿り着いたのは、静かな海辺の町。
彼は、そこでひとり、古い古本屋を営んでいた。
報告書を手渡すと、彼女は小さく震えた。
「……まだ、生きてるんですね」
それだけを言って、ページをそっと閉じた。
数日後、彼女はひとりで海辺の町へ向かった。
けれど、その再会が叶ったかどうかは、私たちの知るところではない。
ただ後日、1枚の絵はがきが届いた。
――青い空と、小さな古本屋の写真。
裏には、たった一行だけこう書かれていた。
「名前を呼べました。ありがとう」
探偵の仕事は、事件を解決することだけじゃない。
心に残った“未解決の想い”を、そっと届けに行くこともある。
そしてそれは、人生を締めくくる旅の始まりになることも、あるのだ。