「対象は現職の警察官、妻からの依頼です」
依頼書に目を通したとき、僕たちの空気が一瞬だけ張りつめた。
警察官の浮気調査――つまり、張り込む先は警察署。
下手に動けば職質される。しかも対象は「警察という内輪」の人間。
いつもの浮気調査とは、わけが違った。
初日。朝7時、警察官宿舎の裏手に車を停め、対象の男が出てくるのを待つ。
制服ではない。スーツに警察手帳。手慣れた足取りで警察署の裏口へと入っていく。
あたりは警官だらけ。僕たちは張り込み車内で身を潜めながら、呼吸を殺した。
三日目。やっと“変化”が訪れる。
夜19時。勤務を終えた彼が、目黒方面に向かう。尾行開始。
途中で合流したのは、30代前半と思しき女性――落ち着いたショートカット、指に指輪はない。
ふたりは警察官同士のようだった。言葉遣いと立ち振る舞いが“それ”だった。
彼らは駅ナカのバーで軽く飲み、タクシーに乗って彼女のマンションへと消えていった。
僕たちは交代で張り込んだ。
翌朝、彼が出てきたのは6時半。シャワーを浴びたような髪で、ノータイのシャツ。
浮気は、確定だった。
翌週も同じ流れ。会う曜日も、宿泊先も変わらなかった。
僕たちは彼女の身元も調べた。現職の警察官で、別部署所属。
“W不倫”の構図が見えた瞬間、依頼者の妻の涙が浮かんだ。
最終日、決定的な証拠を押さえた。
手をつなぎ、ラブホ街に吸い込まれていくふたり。
会話、映像、入室時間、退室時間。
法律上、争うには十分な材料だった。
調査報告書を手渡した日、依頼者は声を殺して泣いた。
「本当に……ありがとうございました。こんな気持ち、どう処理していいか……わかりません」
僕たちは黙ってうなずいた。
探偵は、人の心を裁く仕事ではない。ただ、真実に光を当てるだけだ。
真実を知ってもなお、生きていくしかない。
その覚悟の背中を、僕たちは今日もそっと見送る。